アグリファクト・唐木英明氏の記事への意見

2022年1月4日 更新 2月8日 木村ー黒田純子、黒田洋一郎

 

2021年11月20日付けで、唐木氏らが主催するアグリファクトの情報サイトに、「黒田・木村ー黒田の科学情報が不正確」との記事が出た。
https://agrifact.jp/pesticides-are-inaccurate-cause-of-increase-in-autism-and-developmental-disorders/
この記事において、唐木氏の主張には、最新の科学情報を全く考慮に入れておらず、多くの誤りと不正確な内容がある。以下に唐木氏の記事への意見の概略を公開する。
詳しい文献付きの詳細な意見書は以下。 こちらをクリック

 

なお、アグリファクトに対して、我々の意見書の概要版を掲載するよう昨年末12月26日に申し入れた。
アグリファクトからは、12月28日、”持ち込み原稿の掲載可否については、原稿の確認後、編集会議のうえ、決定いたします”(一部抜粋)との返事がきたので、2022年1月3日に意見書の概要版を送った。
2月4日、約一か月後、アグリファクトより以下の返事がきた。
”今回の持ち込み原稿が、貴サイトにて、すでに掲載されていることを確認いたしました。
つきましては、弊サイトでの掲載は二重投稿となるため、今回は掲載を見送りとさせていただきます。

これに対して、我々はアグリファクト編集部に以下のような返事を2月8日に送った。

 

AGRI FACT編集部御中
"二重投稿のために原稿を見送る"との内容でしたが、以下の点から、不適切であると考えます。
@ 今年1月3日に貴編集部にお送りした意見書は概要版で、我々のサイトに掲載した概略、詳細版とは同じものではないので、二重投稿には当たりません。
A また昨年、12月26日に貴サイトにお送りしたリクエストに対する12月28日の貴編集部からのお返事には、以下のように記載されておりました。
"貴原稿をご送付いただくかどうかにかかわらず、貴サイトでの意見掲載は自由で、当サイトは関知いたしません。"
それで1月3日に、意見書の概要版をアグリファクト編集部にお送りして掲載の検討をお願いし、当方のHPにお送りした概要版とは異なる概略と詳細版を掲載しました。
またアグリファクトのHPを閲覧する読者と、我々のHPを閲覧する読者とは、大きく異なると考えられますことから、より科学的な正しい事実を論じることを目的と称する貴サイトに我々の意見書を掲載することは意味があると考えます。
編集会議で、再度ご検討頂きますようお願い申し上げます。
また今回の発端と経緯については、我々のHPでも随時正しい経緯を公開するように致します。
私共は農薬について、より正しい科学的な情報が発信されるよう、切に願っており、不正確で不適切な記事を放置することはできません。

 

以下、アグリファクト唐木英明氏の記事に対する意見書の概略
1.欧州食品安全機関EFSAは、2013年、木村ー黒田らの論文(2012 Plos One)を検証し、ネオニコチノイド系農薬イミダクロプリド、アセタミプリドの発達神経毒性の可能性ありと評価した
唐木氏の主張「・・木村-黒田論文(2012年発表)は、欧州食品安全機関(EFSA)によって検証されたが、使用された試験管レベルの試験モデルでは、複雑な神経発達の過程は細胞レベルでは正しく評価できず、行動への影響も実験で同試験モデルでは評価不可とされた。」
唐木氏の主張は明らかな間違いで、EFSAはネオニコ2種に発達神経毒性の可能性ありと評価した。以下、EFSAの記事が公開されている。
https://efsa.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.2903/j.efsa.2013.3471
2021年11月6日のTBS報道特集で放映されたように、EUの公式スポークスマンが、我々の論文がネオニコの規制強化に影響を与えたと明言している(詳細は以下のyoutube参照)。
https://www.youtube.com/watch?v=0J1T-MO3t5U
木村ー黒田らの原論文は以下
Kimura-Kuroda et al. Nicotine-like effects of the neonicotinoid insecticides acetamiprid and imidacloprid on cerebellar neurons from neonatal rats. PLoS One. 7(2):e32432.(2012)

 

2.ネオニコの発達神経毒性を否定したSheetsらの総説(2016年)は不適切で間違いが多い
唐木氏の主張「2016年発表されたSheetsらの総説で、木村―黒田ら2012年の論文や他の論文を評価し、ネオニコに発達神経毒性があることは否定された」
Sheetsらの総説は、農薬会社バイエルやシンジェンタに所属する研究者らが書いたもので、不適切で間違いが多い。
我々の研究で、ネオニコは、ラット発達期の神経細胞にニコチン類似の興奮性作用を起こすことが明らかとなったことの重要性を全く理解していない。
ネオニコの標的のニコチン性アセチルコリン受容体は正常な脳の発達に重要な役割を果たしており、正常に機能しないと脳の神経回路が正常に形成されないことが学術論文で報告されている。ニコチンは脳の正常な発達に悪影響を及ぼすことがわかっており、ネオニコにも同様の影響が懸念される。

 

またSheetsらは、ネオニコが血液脳関門を通過しにくいと記載しているが、ネオニコが血液脳関門を通過しやすいことは、マウスの実験で確かめられており、その上、胎児期や新生児の脳では血液脳関門が未発達で、化学物質はたやすく脳に入ってしまう。
さらに2016年以降、ネオニコに発達神経毒性があることを示す実験研究が多数報告されている。5年も前の総説だけを根拠に、ネオニコに発達神経毒性がないと主張するのは、非科学的としかいいようがない。
Sheetsらの総説
Sheets LP et al. A critical review of neonicotinoid insecticides for developmental neurotoxicity. Crit Rev Toxicol. 46(2): 153?190 (2016)
2021年の総説: 250もの文献を根拠にネオニコに発達神経毒性があると発表した
Costas-Ferreira C & Faro LRF. Neurotoxic Effects of Neonicotinoids on Mammals: What Is There beyond the Activation of Nicotinic Acetylcholine Receptors?-A Systematic Review. Int J Mol Sci. 22(16):8413(2021)

 

3.農薬、PCB、重金属など有害化学物質が発達障害急増の要因であることは疫学研究や動物実験から明らか
唐木氏の主張「今日に至るまで、農薬や環境化学物質が発達障害の原因であることは科学的に証明されていない」
岩波『科学』に、2013年、我々は「自閉症・ADHDなど発達障害増加の原因としての環境化学物質―有機リン系、ネオニコチノイド系農薬の危険性」上下編(論文はこちら)を発表した。この論説では、多くの科学論文を根拠に、近年の発達障害の急増の要因には、有機リン系農薬、PCB、重金属に加え、ネオニコも関わっている可能性を示した。有害化学物質がヒトに健康障害を起こすことについて、厳密な因果関係を証明することは困難だが、疫学研究や動物実験などから関連を究明することは可能であり、我々の健康を守る上で重要だ。とりわけメチル水銀、PCB、鉛、有機リン系農薬については、膨大な疫学研究や動物実験から、脳に悪影響を及ぼすことが明確に示されている。ネオニコについても発達神経毒性を示す研究が蓄積している。唐木氏が我々の論説を不正確で杞憂とするのは、多くの学術論文による科学的知見を考慮に入れない詭弁だ。
なお詳しい内容を知りたい方は、我々の共著「発達障害の原因と発症メカニズム」2020年改訂版(2014年初版)河出書房新社を参照されたい。

 

4.除草剤グリホサート/「ラウンドアップ」は多数の研究グループによる学術論文で多様な毒性が報告されている
唐木氏の主張「ラウンドアップ危険説は少数の研究者たちの論文を集めて作った物語」
木村ー黒田は、2019年岩波『科学』に「除草剤グリホサート/「ラウンドアップ」のヒトへの発がん性と多様な毒性」上下編(論文はこちら)を発表した。この論説では、多数の学術論文を根拠に、グリホサートやラウンドアップには、グルタミン酸受容体を介した神経毒性、腸内細菌の異常、内分泌攪乱作用、金属のキレート化による毒性、DNAメチル化異常を介した継世代影響や発がん性などを起こす可能性を示した。
とりわけ注目するのは、グリホサートによるDNAメチル化異常で、母ラットにグリホサートを低用量投与すると母や仔に影響がなくとも、孫、ひ孫世代に腫瘍など健康障害が起こった。著者らは、仔、孫、ひ孫の精子にDNAメチル化異常が起こっていることを確認し、それが継世代影響を起こしていると考察した。DNAメチル化とは、DNAの塩基配列に変異を伴わないが、DNAにメチル基(―CH3)が付くことで、遺伝子発現のオン・オフを調節する重要な生理機能だ。DNAメチル化異常は、発がんにも関わっており、注目されている研究分野だ。ごく低用量のグリホサートが発がんに関わるDNAメチル化異常を起こす研究も複数報告されている。さらにグリホサートに界面活性剤を加えた製剤「ラウンドアップ」は、グリホサートに比べ、毒性が100倍以上と桁違いに高くなることが複数報告されている。
グリホサート/「ラウンドアップ」の危険性に関する拙稿は、多数の研究グループによる多数の最新の学術論文を根拠にしたもので、少数の研究者の論文を集めて作った物語ではない。
特定の古い論文や公開されていない農薬会社の毒性試験結果を基に、安全性の物語を作り上げているのは唐木氏自身といえよう。以上、詳細な内容や根拠とする引用文献は、唐木氏への意見書(詳細版)をご覧頂きたい。 こちらをクリック

発達障害は個性の延長でもあるが急増の原因は調べるべき

自閉症、ADHD、学習障害など発達障害が急増していることは、文科省の資料でも明らかになっている。
診断基準の変更や、親が早期に医者に連れて行くことも増加の原因となっているが、実質増えていることが、専門家でも確認されている。

 

発達障害は個性の延長でもあり、必ずしも障害といえないという説があり、これも一理あることは確かだ。
エジソンやアインシュタインも発達障害といわれており、発達障害であっても、特別な能力を発揮する人は大勢いる。
研究者にも発達障害は多く、我々も協調性がなく、興味対象にはまるなど、発達障害の症状は多々当てはまる。

 

ただし、発達障害の主症状であるコミュニケーションの取りずらさは、本人も親も大変な苦労を強いられる。
発達障害は一概に悪いとはいえないが、環境要因で急増しているなら原因究明が必要ではないか、と考える。

 

これまで膨大な自閉症研究から、発達障害発症には、遺伝要因と環境要因が関わっていることがわかってきた。
遺伝要因も重要だが、数十年という短期間で発達障害が急増することは、遺伝要因だけでは説明がつかない。
遺伝子は、日本人全体など集団で、短期間には変わらないからだ。

 

適切な疫学研究から、自閉症の発症には遺伝要因が37%,、残りの63%は、環境要因であることが明らかになってきた。
Hallmayer et al. Arc Gen Psychiatry. 2011

 

環境要因は多様だが、農薬や環境ホルモンなど、有害化学物質が脳の発達に悪影響を及ぼしている科学的知見が蓄積している。

 

遺伝要因は変えられないが、環境要因は変えられる。
有害化学物質が発達障害急増の要因であるならば、原因を明らかにすることが重要ではないだろうか。

 

また一旦発達障害と診断されても、脳は可塑性(変化しうる)を持つので、適切な療育や教育で改善することがわかっている。
一方、いじめやネグレクトなどで、悪化することもあるので、適切な対応が重要だ。

 

 

 

2019年1月、低濃度の農薬曝露がADHDや自閉症のリスクを上げると米国研究者が警告

低濃度でも農薬曝露はADHDや自閉症のリスクを上げると米国の研究者が警告
Pediatr Res. 2019 Jan;85(2):234-241. doi: 10.1038/s41390-018-0200-z. Epub 2018 Oct 8.
Children's low-level pesticide exposure and associations with autism and ADHD: a review.
Roberts JR, Dawley EH, Reigart JR.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=30337670

米国の研究者らは、これまでに報告された農薬曝露とADHD、自閉症との関連に関わるヒトの疫学論文のメタ解析を行い、農薬曝露は急性毒性をもたない低用量の曝露でも、脳の発達に悪影響を及ぼし、注意欠如多動性症(ADHD)や自閉症スペクトラム症のリスクを上げると警告した。
農薬の種類では、有機リン系殺虫剤、ピレスロイド系殺虫剤、有機塩素系殺虫剤の曝露との関係が多く報告されているが、ネオニコチノイド系殺虫剤も培養系や動物実験で、ヒトへの影響が懸念されており、ヒトの脳発達に悪影響を及ぼしADHDや自閉症のリスクを上げる可能性を指摘している。

2018年、米国、カナダの研究者らが有機リン系農薬は子どもの脳発達に危険と警告

米国、カナダの研究者らが公的勧告を発表
胎児期や発達期の子どもの脳発達に有機リン系農薬の曝露は低濃度でも危険で避けるべき
Organophosphate exposures during pregnancy and child neurodevelopment: Recommendations for essential policy reforms
Irva Hertz-Picciotto , Jennifer B. Sass, Stephanie Engel, Deborah H. Bennett, Asa Bradman, Brenda Eskenazi, Bruce Lanphear, Robin Whyatt
Plos Medicine: October 24, 2018 https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1002671
米国、カナダの研究者らが公的勧告を発表
胎児期や発達期の子どもの脳発達に有機リン系農薬の曝露は低濃度でも危険で避けるべき
概要の和訳
・ 害虫対策のための有機リン系農薬の幅広い使用は、人間にも広範な曝露を起こしている。
・ 高濃度の有機リン系農薬の曝露は、中毒や死亡を引き起こしており、特に開発途上国では事例が多い。
・ 低濃度の有機リン系農薬の曝露は子どもの認知や行動に異常を起こし、神経発達異常を起こすことは、説得性のある科学的事実により明らかになっている。
世界中の子ども達を有機リン系農薬の曝露から守るために、私たちは以下のことを提案する。
・ 政府はクロルピリホスを含む有機リン系農薬を廃止し、人間への曝露が予想される農業廃水などを監視し、農薬の使用を極力減らしたIPM(Integrated Pest Management 総合的病害虫・雑草管理)を推進するべきである。IPMではアグロエコロジー(持続可能な農業システム)を推進し、農薬が引き起こす疾患の監視を行っていく。
・ 有機リン系農薬の有害性、危険性に関する専門的な教育カリキュラムを、医療教育や医療関連教育コースで行い、患者や一般にも有機リン系農薬の危険性について教育を進める。
・ 農業では、病害虫の管理をIPMにより毒物を使わない方法を開発することを進め、労働者の安全を、トレーニングや毒物があった時の防御法などにより進めていく。


当センターよりのコメント:有機リン系農薬は脳発達に悪影響を及ぼし、自閉症スペクトラム症やADHDなどのリスクを上げると警告。有機リン系以外の農薬、ピレスロイド系も脳発達に悪影響を及ぼすと明記。ネオニコチノイド系については、ハチや生態毒性が高いこと、ヒトの脳への悪影響の可能性もあると示唆。農薬の使用はは極力減らしてIPM総合的病害虫・雑草管理を進めるべきと提言している。